東洋の書籍や絵画は裏打ちからはじまります。

 装こう(そうこう・表装)の世界では、紙や布を裏面よりあて、補強する行為を裏打ちといいます。日本画や書が作家の手から離れると、必ず表具師(装こう師)のもとで裏打ちをされ、さまざまな形式に仕立てられます。日本を始めとした東洋の絵画や書は、油彩画、版画、写真等のようにすぐさま額に入れることはなく、まず裏打ちから始まると言えます。


 ある作品が工房に持ち込まれると、まずその作品の内容(絵画や書等)や材質(紙や絹等)により、どのような形式(軸・額等)にするかが決められ、その形式に合わせ、裏打紙の材質や厚み、接着剤が決められます。表装の形式には、軸装と幀装の二種類があり、その他として、帖、折本等があります。前者の軸装とは、掛物、巻物など巻くものをいい、後者は額、襖、屏風等、紙で下貼りをした木製の下地に作品を貼るものをいいます。この二種の形式のうち、代表的な掛物を例に取り、日本の伝統的な方法を中心に裏打ちの材料や接着剤などのことを述べてみます。


 掛物は、作品の内容によって、大和表装(三段表装)・仏表装・文人表装等の形式に仕立てられます。周りの表装裂も十分吟味したものが用意され作業に入りますが、裏打ちに関して言えば、特殊なものを除いては皆同じ作業内容であると言えます。


 まず最初の裏打ちは肌裏打ちと呼ばれています。肌裏打ちの紙としては、作品や表装の大きさによって多少厚みを考慮しますが、二尺×三尺の判で一二グラム前後の楮紙(美濃紙等)を使用するのが一般的です。接着剤は、小麦澱粉糊(以下新糊という)が用いられ、絹の作品や表装裂には濃度が濃く接着力の強い新糊を、紙に描かれたものには接着力が弱く水状の薄い新糊を使用します。この肌裏打ちには、コウゾの生漉(きずき)紙という和紙の中でも特に強くしっかりとした紙を使います。これは作品を補強する裏打ちの中でも基本の裏打ちとなるからです。


 この、肌裏打ちの状態の本紙を、額や襖、屏風の下地に下貼りを施したものに張り上げ、形を整えると幀装のでき上がりとなります。しかし、掛物を制作するには通常あと二度裏打ちをすることが必要となります。これが増裏打ち総裏打ちです。


 増裏打ちは、本紙と表装裂の厚みや巻くための腰の強さを整えるために施します。薄く腰の弱いものには厚手の紙を、腰の強いものには薄手の紙を裏打ちしてバランスをとります。これによって巻き解きがスムーズになります。この増裏打ちでは美栖紙という紙を使用します。この紙は楮に填料として貝胡粉(ごふん)や白土を入れたしなやかでなじみの良い紙です。このように調整された裂地を本紙の周りに順次貼り付け、その後周囲を適切な形に切り揃えると掛物の形となります。


 この状態でさらに全体を裏打ちします。これが総裏打ちです。この工程の目的は、各部分の繋ぎの補強、各材料の性質の統合や、全体を締めて強化することにあります。紙は宇陀紙という猪に白土の入った紙を使用します。この紙は美栖紙に比べると表面が滑らかで、巻き解きに必要な滑らかさのあるのが特徴です。この二工程の接着剤は、古糊を用います。古糊というのは寒期に作った新糊を瓶に入れ、冷暗所で10年ほど貯蔵したもので、栄養質が希薄になり、その結果として接着力が弱くなり、巻き解きに必要な柔らかさを持つことになります。


 以上が伝統的な表装における裏打ちの役割および裏打ちに使用される和紙、接着剤の性質等です。ここで共通していることは、すべて水を媒体とした材質を使用していることです。和紙や糊の水分による伸縮性を利用し、裏打ちによって異なった材質のものを一つの形にしていく伝統技法は見事なものと言えます。さらに加えて言えば、ここで使用されている吉野の美栖紙や宇紙には貝胡粉や白土が填料として混入され、弱アルカリ性の紙となっています。これは、絵画や書の酸化を防ぐ役目も果たしており、文化財の保存にも役立っていることを忘れてはなりません。

             

※参考文献『和紙の手帖』(全和連発行)p124-125 全国手すき和紙連合会発行

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