キーワードは「健康な繊維」と「箱」です。

 保存性の良い和紙は、健康な繊維からできています。原料のコウゾ、ミツマタ、ガンピの靭皮から繊維を取り出すために、靭皮をアルカリ性の液で煮ます。この時に、木灰、石灰などの弱い薬品を使うか、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)などの強い薬品を使うかで、繊維の傷み方が違います。木灰、石灰ではその後の水洗工程でも繊維中にアルカリ分が残留しやすいので、できた製品を弱アルカリ性とし、酸の攻撃から紙を守る作用も期待できます。紙を白くするための漂白剤を使用すると、さらに繊維を傷めることになります。一方、マイルドな処理では、靭皮中の傷害部などの変色部がそのまま残りやすく、良い紙をつくるには原料の処理に手間がかかりますので、紙の価格は高くなります。現在主に用いられているタイコウゾは樹脂を多く含むので、強い薬品を使用せざるを得ず、保存性の良い紙をつくるには適しません。化学(木材)パルプを多量に混合することも保存性に悪影響を与えます。なぜなら、化学パルプはさらに強い化学処理を受けて製造されているからです。

 紙の劣化には、水、酸素そして光や熱が重要な働きをします。光、特に紫外線(UV)は繊維を直接傷めますし、熱(高温)は劣化を早め、紙を乾燥させて害を生じさせます。ですから、夏の暑さや、冬の暖房などは紙に悪影響を与えます。

 酸素は紙を酸化させて傷めます。そのため、非常に重要な紙資料は酸素のないケース中に保管されています。良い脱酸素剤と酸素を通しにくいフィルムが市販されるようになってきたので、今後は手軽にこの方法が使えるようになるでしょう。

 湿度の高い所に紙を置いておくと、微生物による損傷をうけます。かびがその代表ですが、フォクシングと呼ばれる褐色の斑点の生成、日本画を描く際などに水が均一に浸み込まなくなる「カゼひき現象」も微生物によって引き起こされているらしいことが分かってきていますので、相対湿度(RH)六〇〜七〇パーセントを超えるような環境に紙を保存することは、避けねばなりません。

 紙の劣化を「酸」と「水」によるセルロース(繊維素)の分解(酸加水分解)であると考えると、低湿度のほうが紙中の水分量は少なくなるので望ましいことになります。一方、紙中の水分はセルロース間あるいはセルロースの束(フィブリル)間で潤滑剤の役割を果たしているので、水分量が高いほうが紙は柔らかくなります。したがって、本や巻物を開く場合に乾燥している紙は変形しにくく、傷みやすくなります。たとえば、折り曲げ強さが、相対湿度五パーセントでは六〇パーセントの時の十分の一以下となります。さらに、紙を乾かしすぎると、セルロースフィブリル同士が結合してしまい、次に水が戻ってきてももはや開かないという現象が起こります。湿潤と過乾燥を繰り返すとこのような結合がどんどん増え、紙は硬くしかし脆くなってしまいます。

 このような湿度の変化の影響や、ほこり、光などから紙資料を保護する方法として、「箱」に入れる方法が推奨されています。

 桐箱だけでなく中性紙で作った紙箱にも保護作用が認められています。箱に入れる際の注意点は、紙が湿気ているような、悪い状態で中に入れないことです。そうすると、かえって悪い条件を長く保つことになってしまいます。また、箱の中で虫食いなどの害が生じていることもありますので、定期に点検をする必要があります。これが伝統的な「目通し・風通し」で、点検のついでに、箱の中にこもりがちな湿気も日陰で干すことにより除いてやる保存の極意です。

(稲葉政満)

             

※参考文献『和紙の手帖』(全和連発行)p58-59 全国手すき和紙連合会発行

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