「新潟から来ました小林です。どうこう言っても,うちは「久保田」のラベル(※新潟の有名な地酒「久保田」のこと)が生活を支えていることは間違いございません。今年は,そのラベルの和紙づくりが発売以来23年目に突入します。
そこで,今,楮のほうでいきますと,久保田のラベルだけで,実に2000枚以上使っているはずです。紙が厚いものですから,常時,四漕は動いてないと間に合いません。従いまして,七名が,久保田のラベル紙づくりの作業にあたるといったところです。
そのほかにも80種類ほどの通常商品というものを作りますが,逆にいいますと生活の糧にならないのと,多くの産地も同じかと思いますが,いろんな素材に取り組みますと,なかなか製品の質が一定にならないことなどが実態としてあるため,久保田のラベルでカバーしているというのが現実です。
当社にとっての一番の喜びは,使ってくれるお客さんが喜ぶことこそ一番かなということで,お客さんの要望にできるだけ応えるということで紙を漉いてきました。そのために白くカルキで漂白したり,お客さんの希望にそってやってきたわけですが,あるとき自分が選別しているとき,10年程経った紙が,何が原因かハッキリとはわかりませんが,カルキの塩素が抜けきれていなかったのか,斑点みたいなものが紙の中に発生しているのを自分が漉いたと記憶している紙で生じていることを知りました。それからいろいろ考えるようになりまして,お客さんの希望に応えるのは大事だけれども,和紙の生命ということで言えば長期にわたる保存が大きな特徴になるわけです。それを阻害してまで,いろいろといじらないほうが良いのではないか。従いまして,今日,化学的なものは,いっさい扱いません。
(中略)
現在,楮を栽培しておりますが,自分で育てると,楮が可愛くなってきますから,その楮を化学的なもので弄(いじ)くりますと,楮がもだえ苦しんでいるように見えるんです。それが嫌なものですから,今現在は,完全に楮が成りたがっている紙のほうを基本にしています。楮が嫌だということはしません。自然の中で育った楮を,できるだけ自然の形で紙にしていくのが我々の使命と思っております。ところが,お客さんはわがままだから,滲(にじ)むとか滲まないとか,いろんな要求をしてきますが,自然からできた楮というものは,お客さんが好むような真っ白になったり,好きなようにはなりません。ですから,お客さんに,うまく使いこなすよう(紙の特性を)察知してください。もし使いこなせないようであれば仕方がないです。自然からできた楮紙は自然の風合いを生かして,紙の素性を生かした使い方をしてくださる作家さんが私たちにとって嬉しいお客さんであり,逆に虐待して使われる方には嫁に出したくないというのが正直なところです。
(中略)
(高齢化が進む集落がどんどん増えてきて)活性化をやるというよりは,ホスピスみたいな,もう何も言わないでくれ,このままここに住んで死んでいきたいと。もう事業もやりたくないといった集落もけっこうあります。こういった現象が,昨今の紙の事情と妙に重なって見えるわけです。なぜかと言いますと,たぶん紙だけじゃなくて,漆ですとか木工品とか日本の自然と対話している産業や地域が,現代の文明の中に飲み込まれてグローバル化してきております。ですから,一つの地域だけでどうのこうの言うのが許されない時代になってきていて,紙という切り口だけで解決するのは難しいのではないかと思っております。
自分が生まれ育った地域に誇りを持ち,その良さを理解してもらうにはどうすればいいのか。そして,その地域の中で,たとえば私の場合,自分達が食べるだけの量ではありますが,野菜や米なども作りながら,百姓としての仕事の中の紙漉きをやっていると。職人の側の立場だけでなはく,農家の側の紙を俺は作っているんだなあと,このところ思うようになりました。今までは職人のような気で生きてきましたが,根っこをたどっていくと,どうやらそうではなくて,自然の中から物を取り出す百姓の仕事の中の紙漉きという部門が自分の仕事と考えております。おそらく全和連あるいは私たちがやらなければならないことは,紙という切り口だけでなく,伝統産業全体にかかわる底辺が同じ問題をかかえているわけです。要するに社会が自然と乖離してしまっていますので,自然と対話しない,それを担う気運がないというところに一番問題があると思います。自然とかかわる人がネットワークを組みながら,中央に対してアピールしたり訴えたりするような活動が必要ではないかと考えております。」
「生紙便」(ニュースレター)の発行(年4回/920円<一年>)についての要約。
「(中略)和紙を使いこなせる目の肥えたお客さんが減って,極端に言えば文句を言ってくれるお客さんがいなくなった。いくらこだわりのある紙を漉いたとて必要性がなくなってしまうので,独りよがりで終わってしまう。生産するだけでなく,使い手とともに成長し,交流することによって,両者が一緒に成長するためにニュースレターを発行している。現在500部近く発行。和紙のことは事細かく書かず,農村の現状や季節のこと,自分の中で新しく見えてきたことが主な内容となっている。和紙のみならず根本的な部分から考えていかなければならないという危惧がある。」