紙を漉くとき槽内で繊維の分散を助けるため「ねり」が用いられます。


 美しい紙を漉くには,原料繊維を一本一本均一にむらなく水中に分 散させておく必要があります。このためには,原料処理に十分注意 を払い,繊維束(煮えムラや解繊処理が不十分だと繊維が解けずに そのまま残ります)が残らないようにすることも大切ですが,いくら上手に処理された原料でも,水の中に入れて撹拌したしただけで は均一に繊維が水中には分散しません。繊維の短いパルプでもきれ
いに分散されないのですから,楮,三椏,雁皮bなどの長い繊維になれば,なおさら一様な分散が困難になります。


そのうえ植物繊維の比重は,水の約1.5倍ぐらいあるので,水の中に入れておくとすぐに沈んでしまいます。そこで紙を漉くときは「ねり」の力を借りるのです。よく「ねり」とか「のり」とか言いますので,これは紙を漉く時に繊維と繊維を接着するために使われるものと思っている人がいますが,それは間違いで,「ねり」の役目は水中で繊維の分散を助けるためで,接着の力は全くありません。

では,なぜ「ねり」を使うと繊維は水中でよく分離するかといいますと,「ねり」として一般的に使用されているトロロアオイの根には,非常に溶けやすいガラクチュロン酸という多糖類をたくさん含んでいるからです。トロロアオイの根を潰して水に浸けると,粘度のある液が,たくさん溶け出してきます。この液を袋に入れて濾過してホコリを取り,漉き槽に入れて原料と一緒に撹拌します。するとこの「ねり」はセルロースと同じ多糖類ですから繊維とたいへん仲良しで,一本一本の繊維をぬるぬるで包んでしまい,繊維は互い
に絡み合うことなく水中で分散します。そのうえ水に適当な粘り気がでますので,繊維も簡単に沈むことなく,長時間水中に浮くようになります。


しかし,この「ねり」の粘度はいつまでも続きません。とくに夏場では粘度がなくなりやすいので,漉き槽に原料を補給するたびに「ねり」も補います。
「ねり」に使う植物はトロロアオイだけでなく,アオギリの根,ノリウツギの皮,ギンバイソウの根などの粘液も使用されますが,いずれも同じような多糖類です。
 

※参考文献『和紙の手帖』(全和連発行)p34-35

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